2015年11月27日

「プリント基板」の名前にこそ、モノづくりの革命的発明ストーリーが秘められていた!

プリント基板は、電子回基板やプリント配線板とも呼ばれます。プリントとは、印刷のこと。プリント配線板が開発された経緯には、名前の通り、印刷技術が大きく関係しています。
実際、印刷を主体とする銘板メーカーからプリント基板メーカーに転向した企業もあります。

プリント配線板ができる前は、部品と部品を皮膜電線で配線していました。真空管のソケットなどに1つ1つ手作業で、電線をはんだ付けしていたのです。ですが、立体的に交差する何十本もの電線を取り付けるには時間がかかり、配線ミスも多くあります。また、真空管は発熱しやすいので、内部ヒーターに負担がかかりやすく、寿命が短いという欠点もありました。それらの問題を解決するために、板そのものに配線を形成する方法が研究されたのです。いくつものアイデアが生まれては消えた中、実用化されたのが、現在も使われているアイスラー法。1943年、イギリスのアイスラー博士が特許を取得したのが、世界初のプリント基板といわれています。

アイスラー法は、銅版印刷で使われていたエッチング技術の応用です。銅版画の印刷版を作るとき、銅板を皮膜で覆って絵柄を彫り、腐食液に浸して彫った通りに銅を溶かして溝を作る方法をエッチングといいます。アイスラーは、絶縁板に銅箔を張り、皮膜で配線パターンを印刷して、不要な部分の銅箔をエッチングで溶かしました。すると、絶縁板の上にパターン通りの銅配線が残るという仕組みです。

最近のテレビ番組で、中小企業の社長が部品の製造に情熱を傾け、その部品をロケットに、搭載するというドラマが、好評を博しているようです。アイスラーもこのプリント基板製造法に、情熱を傾けたのかも知れません。

このように、印刷技術を用いたことにより、一定品質の配線板を大量生産できるようになりました。プリント配線板の技術はその後も発展を続け、現代のモノづくりを支えているのです。

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